製造業の技術伝承は、なぜ難しいのか
次世代を担う人材の育成は、企業にとってもっとも重要な経営課題のひとつです。特に製造業における「技術伝承」は、解決の決め手となるような”手法”が確立されているとは言えず、どの企業も試行錯誤を繰り返しています。筆者は、製造業向けの業務改善コンサルティングの経験を通じて多くの企業での実態を見てきましたが、まさに解決に向けた取り組みの状況は千差万別です。
技術伝承の「成功率」は、わずか15%
2000年代に入ってから、「2007年問題」が話題となりました。2007年は、戦後生まれ(1945年~1950年ごろ)の団塊世代と呼ばれる方々が一斉に定年退職を迎えるタイミングです。高度経済成長期を支えた中核技術やノウハウが、一気に企業から消失してしまうのでは?という危機意識がにわかに高まり、各社が様々な取り組みを行いました。
2007年から6年経った2013年にとられた「中小製造業における標準化や技術伝承の取り組み状況」というひとつのアンケート結果があります。「うまくいっている」がわずか15%。残りの85%を「うまくいっていない」「取り組んでいない」が占めています。
製造業は、あらゆる産業の中で最も「技術」や「効率」にシビアな産業の一つです。しかし、その製造業でさえこのような状況。他業界であればなおのことです。これまで、製造業以外の方にも「ノウハウを共有できていますか?」という質問を何度もしてきましたが「カンペキにできています!」と言う方にお会いしたことは、ほとんどありません。
実は、2007年以降各社は様々な取り組みを行いましたが、その中でもっとも多く取られたもののひとつが「雇用の延長」でもあります。当時はリーマン・ショック前のまだ景気の良かった時期でもあり、(嘱託などに雇用形態は変えながらも)高い技術や技能を持った方々がを企業内にとどめておくケースも多く見られました。しかし、それは単に「技術伝承」の猶予期間を延長したにすぎず、具体的な打ち手を欠いたまま時間ばかりが経過しているのが実態です。
技術や知識を伝承する「しくみ」がないまま、毎回毎回同じことを繰り返し教え、同じようなミスを繰り返す・・・。。80%以上の企業が、このような非効率な実態を抱えたままでいることが推測されます。
(参照:「中小製造業における技能・技術伝承の実態に関するアンケート調査」(2013)人工知能学会)
「目先」のことで手一杯
大切だとわかっていながら、なぜ具体的な対策が取られないのでしょうか。対策方法が確立されていない、という側面の他に、もうひとつ重要なのが「課題の優先順位」です。下のグラフは、中小企業の経営者が重視する経営課題を集計したものです。
回答の多い順に(左から)グラフを見ていくと、売上やコストなど短期的な収益向上に影響するものへの関心は高いです。しかし、企業連携や海外展開など中長期的な課題への回答数は少なくなっています。つまり、「目先のことに追われ、将来に向けた取り組みは後手になりがち」という傾向が、顕著に現れています。
「社内体制強化」(人材育成・後継者育成)も同様です。「知識・技術の伝承は先送りされ、結局手が付けられていない」という実態をはっきりと裏付けています。(参照:「中小白書」(2013)中小企業庁)
差をつけるチャンス!
こういった傾向は、いまに始まったものではありません。なので「何年か前に取り組んだが失敗した。」「失敗したと聞いたからやっていない。」という情報が、もっともな理由として捉えられてしまいます。しかし、そういった”過去の情報”だけで判断してよいのでしょうか?
スマートフォンやタブレット、クラウドサービスといったテクノロジーが普及し始めたのは、ここ数年の話です。それらの技術が、積年の課題解決に役立つ場面も確実に増えています。
これらのグラフを見て「だからやらない」なのか?「だからやる」なのか?過去にとらわれず、現在の最新動向を察知し、将来に向けて一歩踏み出すかどうかが「差をつけられる」のか「差をつける」のかの分かれ目ではないでしょうか。