せっかくの秘密保持契約(NDA)が水の泡となるケース

【執筆者紹介】亀山 夏樹
この記事の執筆者
亀山 夏樹
役職:かめやま特許商標事務所 所長 弁理士
執筆テーマ:中小企業における知的財産(特許・商標等)
【経歴】
千葉県生まれ
筑波大学院 理工学研究科 理工学専攻 修了(1999)
電気メーカにてネットワーク機器の商品企画・開発設計に従事(~2004)。
その後、特許業界にて、特許・商標等の出願業務の他、契約交渉、技術開発支援、セミナー講師などを行う。
技術分野:金型、工具、ソフトウエア、鉗子、内視鏡、医療機器、筆記具、塗料、食品等
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中小企業専門の弁理士の亀山です。2020年10月をもって、7年目になります。開業して約300社の中小企業様・個人事業主様のご相談を受けてまいりました。前回の記事(自社技術を提案する際に気を付けたいこと)では、自社の技術を提案する際、提案前の特許出願や秘密保持契約を検討して欲しい点についてお話しました。今回は、秘密保持契約書において、中小企業において「ありがちな失敗例」をご紹介したいと思います。

上場企業から問い合わせが来た!

技術部長:凄いことが起きました。上場企業I社からの問い合わせが入ったんです!まさか、うちのような企業が大企業から声がかかるだなんて・・・

かめやま:おお~!それはチャンスですね!問い合わせの内容はどのようなものですか?

技術部長:現在検討している新規プロジェクトで、とある問題が起きているらしく。で、うちのホームページを見たところ、オリジナル商品の素性から、うちの技術力が使えそうなので、相談したい!とのことです。

かめやま:なるほど。どの商品ですか?

技術部長:商品Eです。たぶん、この製造技術に関心があると思います。

かめやま:こちらは、構造について特許出願を済ませておりましたが、製造技術については、ブラックボックス化するために、特許出願を出さなかった案件ですね。

技術部長:はい。

かめやま:I社との打ち合わせはこれからですか?

技術部長:はい。

かめやま:では、次のようにして、打ち合わせを進めてください。

  • アドバイス1:相手方の要求やその背景を把握する。
  • アドバイス2:製造技術の開示は、いつごろ必要になるか?の目途を立てる。
  • アドバイス3:(相手からどんなに急がれても)製造技術の開示の前に秘密保持契約を締結してほしい。

そして、その結果、K社の秘密保持契約書(ひな形)を使って、秘密保持契約を締結しました。

秘密保持契約の締結後

秘密保持契約の締結後、K社の技術部長より、うれしい報告を受けました。

技術部長:2回目のアポイントがとれました!1回目の打ち合わせでは、I社の部長の反応が良かったため、期待が持てそうです。

かめやま:それは、よかったですね。2回目の打ち合わせでは、サンプルや技術資料等を見せる予定ですか?

技術部長:はい! 現在の商品と、その製造方法に関する技術資料です。

かめやま:(技術資料等を見ながら)現在の商品はすでに販売しているので、秘密情報ではありませんね。しかし、この技術資料は、製造方法について少し触れている部分があるため秘密情報になりますよね。

技術部長:はい。

かめやま:この部分を削ることができますか?

技術部長:いいえ。ここを開示しないと、先方も理解できないと思います。

かめやま:そうなると、この技術資料は開示が必須となりますよね。

ここまでは良かったのですが・・・

かめやま:ところで、この技術資料に「社外秘」という表示が付いていないですが、このまま開示する予定ですか?

技術部長:ええ。問題ありますか?

かめやま:技術資料に、「社外秘」が表示されていないですよ。

技術部長:え? それって、何か意味あります?

かめやま:このままだと、先日締結した秘密保持契約による保護を受けられません。

技術部長:あれれ?おかしいな~。「製造技術=秘密情報」ではないのですか?

かめやま:では、秘密保持契約書を一緒に見てみませんか?

技術部長:はい。ええと「秘密情報は、開示した情報のうち、書面等の有体物に対し秘密情報と明示したものに限定される」と書いてあります。

かめやま:そうですよね。今回の秘密保持契約における「秘密情報」としては、次の3つの条件をすべて満たす必要があります。

  • 条件1:K社が開示した情報
  • 条件2:書面等の有体物として開示した情報
  • 条件3:秘密情報として明示した情報

技術部長:あぁ。なるほど。このままだと、条件3を満足しないのですね。これだと、秘密情報として守ってもらえないし・・・だから、自由に利用されてしまう。

かめやま:そうです。

技術部長:危なかったです。事前に相談しておいてよかったです。

かめやま:ほかの資料やサンプルを開示する場合も、製造技術に関わるものは「社外秘」を付けるようにしてください。もちろん、開示する情報は、I社の採用検討に最低限の範囲でお願いします!もし、心配であれば、事前に見せてくださいね。

技術部長:そうします!

秘密保持契約でチェックしたい事項

今回、秘密保持契約において最低限チェックしたい事項は次の3点です。

  1. 文言「秘密情報の第三者開示を禁止する」が入っているか否か
  2. 文言「秘密情報の目的外使用を禁止する」が入っているか否か
  3. 契約書上の秘密情報について

それぞれについてみてきましょう。

文言「秘密情報の第三者開示を禁止する」が入っているか否か

「開示した情報を、第三者に無断開示することを禁止する」というものです。K社の技術情報を秘密情報として守ってほしいため、当然といえば当然ですね。

文言「秘密情報の目的外使用を禁止する」が入っているか否か

今回の秘密保持契約の目的は、「I社がK社保有の技術を採用するか否かの判断のために情報開示する」と書いてありますよね?。これにより、I社は、K社から開示された情報を「自社採用するか否かの判断材料として利用できる」ものの、「自社の課題解決のための利用することはできなくなります」。

※もちろん、I社に対し情報開示する範囲も、製造技術の「採用の判断」に必要なものに止めることが前提になります。

契約書上の秘密情報について

「秘密情報の第三者開示を禁止する」文言も入っているし、「秘密情報の目的外使用を禁止する」文言も入っている。これなら安心!といきたいところですが、もう1つ。大切なチェックポイントがあります。それが、秘密情報の定義です。

秘密情報の定義

通常、秘密保持契約書には、秘密情報の定義がされています。秘密情報の定義として、よくあるパターンは次の通りです。

  • パターン1 開示した情報の全て
  • パターン2 開示した情報のうち、秘密情報と明示したものに限る
  • パターン3 開示した情報のうち、秘密情報として書面等の有体物に明示したものに限る

秘密情報の定義は、情報管理の実現可能性から検討する

秘密情報の定義として、いずれのパターンが良いかはケースバイケースです。例えば、情報を開示する側からすれば、「開示したものは全て守ってほしい」ということで、パターン1を選びたくなります。一方、情報を受領する側からすれば、「開示された全ての情報を秘密情報として管理することは、手間もかかるので、事実上不可能」ということで、パターン2や3のように、秘密情報の範囲を限定するケースが多いです。

このように、「情報を出す側と」「情報を受け取る側」の情報管理のリソースを考慮し、実現可能なレベルを設定する必要があります。

※決して、実現できないレベルで締結しないでください。

「秘密保持契約が水の泡」とならないようにするために気を付けたいこと

I社に情報開示の際、「I社との秘密保持契約にて定義された”秘密情報”ってどんなものだったけ?」と思いながら、心配な場合には、「秘密保持契約」を見ながら、開示する書類やサンプルの用意をしてください。

今回の秘密保持契約では、お互いに、秘密情報を受け渡しすることから、「秘密情報は、開示した情報のうち、書面等の有体物に対し秘密情報と明示したものに限定される」としました。この場合には、開示する書類やサンプル等について、3つの条件を満足しているか否かを1つひとつチェックする必要があります。

  • 条件1:K社が開示した情報
  • 条件2:書面等の有体物として開示した情報
  • 条件3:秘密情報として明示した情報

そして、この3つの条件のうち、1つでも満足しないまま情報開示を行ってしまうと、冒頭で述べた事例のように、折角の秘密保持契約が水の泡となりかねません。

まとめ

(1)秘密保持契約でチェックすべき事項

  1. 「秘密情報の第三者開示を禁止」が入っているか
  2. 「秘密情報の目的外使用を禁止」が入っているか
  3. 「秘密情報」は、どのように定義されているか?

(2)ありがちな失敗例は、秘密保持契約書にて定義された「秘密情報」から外れてしまった情報の開示行為

例えば、「秘密情報は、開示した情報のうち、書面等の有体物に対し秘密情報と明示したものに限定される」にもかかわらず、

  • 開示文書に秘密情報を明示していなかった(「秘密情報の明示」という条件を満足していなかった)。
  • 口頭のみで秘密情報を明示してしまった(「書面等の有体物による開示」という条件を満足していなかった)。

といったことが良く起こります。

(3)情報開示する際、開示する情報の範囲は、契約の目的を考慮して必要最低限にとどめること。

(4)開示する情報を守るべく、秘密保持契約書上の”秘密情報”の定義を理解すること。

(5)開示する情報のうち「相手方に守ってほしい情報」については、秘密保持契約書上の”秘密情報”に該当するようチェックすること。

秘密情報は、相手方に一度開示してしまったあとでは取り返しがつきません。自社技術を提案する際には、事前に、お近くの専門家にご相談ください。

この記事の執筆者
亀山 夏樹
役職:かめやま特許商標事務所 所長 弁理士
執筆テーマ:中小企業における知的財産(特許・商標等)
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千葉県生まれ
筑波大学院 理工学研究科 理工学専攻 修了(1999)
電気メーカにてネットワーク機器の商品企画・開発設計に従事(~2004)。
その後、特許業界にて、特許・商標等の出願業務の他、契約交渉、技術開発支援、セミナー講師などを行う。
技術分野:金型、工具、ソフトウエア、鉗子、内視鏡、医療機器、筆記具、塗料、食品等
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