経営工学と技術経営教育

【執筆者紹介】熊坂 治
この記事の執筆者
熊坂 治
山形県生まれ
東北大学工学部(応用物理学科)を卒業後パイオニア(株)に入社し、基礎研究、プロセス技術、生産技術、製造技術、工場計画、技術営業、事業開発など広範に担当。
2008年に経営工学部門、2009年に総合技術監理部門と技術士資格を取得し、退社後技術士事務所を開設して、品質工学をコンサルティング。
2011年に株式会社産業革新研究所を設立し、2012年にWebサイト「ものづくりドットコム」を公開。多くの専門家と協力しながら製造業のプロセス革新と課題解決を支援している。
博士(工学)、技術経営修士(専門職)、山梨学院大学客員教授(技術経営論)
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ものづくりドットコムの熊坂です。

年が明けたと思っていたら、もう新学年です。私が山梨学院大学で講義を受け持つのも9年目に入りました。当初は「ものづくり経営論」で始め、6年目から「技術経営論」に講義名が変わりましたが、中身は8割方同じで(^_^;)、多分に経営工学要素の強い内容になっています。その理由は、自分が経営工学部門の技術士であり、得意な分野を教えているということに尽きます。シラバスが公開されていますので、関心のある方はご覧ください。

https://ygu-ibs.cc.ygu.ac.jp/syllabusgaku/Syllabus.asp?mode=2&cdky=2274&cdsl=1682

毎月のものづくり経革広場への投稿が「まるで大学の講義のようだ」と感じていた勘の良い方もいると思いますが、それもそのはず、ほとんどこの講義の資料から項目や図表を抜粋して執筆しているからです。

毎回ひとつずつ紹介しているものづくりキーワードですが、今回は新学期にちなみ「経営工学」と「技術経営」を取り上げます。

経営工学の歴史

経営工学は英語のIndustrial Engineeringを和訳したもので、本来なら産業工学あるいは工業工学とでも訳すべきでしょう。ゴロが悪かったのか、そう呼ばれるようになりました。一般的には20世紀初頭、F.Taylorが製造企業内で自ら実践しながら体系化した科学的管理法をその起点とされるものの、それ以前にも経験的な生産管理、品質管理の概念はあったと思われます。それ以降、科学的、論理的に製造を管理する多くの方法が提案、実施され、発展してきた結果、製品の品質向上、原価低減が進み、現代の豊かな社会が実現したと言って良いでしょう。

Taylor以降の経営工学項目の変遷を下図に示します。

こうやって見ると、人類が石器を作り始めた200万年前、土器を作り始めた2万年前、産業革命で動力を使い始めた200年前という悠長な変化に対し、わずか100年の間に急激な進化が起こっていることに驚かされます。

技術経営教育の導入

前記のように多種多様な方法論の進展もあって工業の生産性は向上していったものの、下図2のように1991年以降日本の工業生産額は全く成長しなくなりました。モノ余り、人口の減少、東西冷戦終了による低賃金労働国の出現などの社会的要因もさることながら、技術、生産だけに注力し、その能力を価値(お金)に転換する戦略の貧困さが指摘されるようになりました。

図2.世界主要国の製造業生産額推移

さらに日本製造業のROA(Return of Asset:資本利益率)は、欧米と比較すると下図のように半分程度であり、特に中小規模企業の低さが顕著です。欧米では競争力がなくなるとさっさと撤退して、独自の分野に特化する傾向があるのに対して、日本企業は苦難に耐え忍び、また業界内で協調して発展しようとする傾向からこのような違いになるように思います。

図3.製造業ROAの国際比較

そんな背景のもと、70年代に高度成長する日本に打ちのめされた米国がビジネススクール内に設置したMOT(Management of Technology:技術経営)クラスを日本でも創設する動きが、2001年文科省「第2期科学技術基本計画」を基点に始まりました。米国で80年代から90年代にかけて200大学以上が設置したMOTクラスを、30年遅れで日本でも導入しようというものです。

技術の市場化、価値化を進めるための考え方や、方法論を学ぶことで、経営の分かる技術者を育てようという試みであり、10年の間に30大学ほどが次々に開講して注目を浴びました。カリキュラムは大学によって、イノベーション、リスクマネジメント、産学連携、中小企業経営、知財、環境など力を入れる分野に特色があります。

技術経営教育の課題

21世紀に入って期待されたMOT教育でしたが、MBAとの差異化が難しく、本家の米国ではMBAの一部として組み込まれる傾向にあり、日本においても修了者が必ずしも技術経営分野で重用される機会を与えられないことから、志願数が減少傾向にあり、募集を停止する大学も出てきています。

修了生の一人として残念ではありますが、技術経営は単独の研究分野というよりは、技術者を目指すすべての人材が習得すべき基本的リテラシーではないかと最近考えています。単に製品設計や技術開発ができるだけでなく、そこから社会的価値を生み出し、企業に持続可能な利益をもたらすために、工学部の2年から3年にかけて、数コマの講義を必修にすべきと考えます。現在はMOTクラスごとに教える内容も雑多ですが、経営工学の方法論もうまく取り入れて次第に落ち着いていくのではないかと楽観しています。

どうでしょう、参考になりましたか?ものづくりドットコムでは、平木肇さんがR&Dにおける価値創造分野の専門家です。不明の点や相談はQ&Aコーナーや問い合わせフォームで質問して、実践してください。

この記事の執筆者
熊坂 治
山形県生まれ
東北大学工学部(応用物理学科)を卒業後パイオニア(株)に入社し、基礎研究、プロセス技術、生産技術、製造技術、工場計画、技術営業、事業開発など広範に担当。
2008年に経営工学部門、2009年に総合技術監理部門と技術士資格を取得し、退社後技術士事務所を開設して、品質工学をコンサルティング。
2011年に株式会社産業革新研究所を設立し、2012年にWebサイト「ものづくりドットコム」を公開。多くの専門家と協力しながら製造業のプロセス革新と課題解決を支援している。
博士(工学)、技術経営修士(専門職)、山梨学院大学客員教授(技術経営論)
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