自社商品開発に懸ける後継者の想い「好きなことを仕事にするパワー」
ものづくり経革広場の徳山です。最近「ベンチャー型事業承継」という取組みが関西を中心に行われているそうです。
ベンチャー型事業承継とは(by東洋経済オンライン)
この取組みは、若手後継者が家業の経営資源を活用して新たな挑戦(新市場の開拓や新事業の展開など)を行い、家業の業績を伸ばしながら事業を積極的に承継していくこと、です。
我々の周りにも頑張っている若手後継者がたくさんいます。今回は、墨田区の町工場で自社商品開発に挑戦している一人の後継者にスポットを当て、その取組みについてご紹介したいと思います。
この記事の目次
墨田区の町工場が生み出した自社商品「ALMA」
ALMA(アルーマ)は、「香りを纏い、香りを着飾る」をコンセプトにしたお洒落なピンズアクセサリー。このオシャレな装飾品を生み出したのは、普段、主に自動車業界などのゴム製品を作り上げるための金型を製造している「株式会社石井精工」です。商品の開発・製造に携わったのは同社の三代目の後継者となる石井洋平氏。商品を開発するに至った背景や想いについてお話を伺ってきました。
ーそもそも自社商品を開発しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
うちの会社は本業が工業製品ばかりなので、会社の名前が一般の消費者に届くことがありません。メーカーから届いた図面のとおり金型を製造しているので、現場も何の部品を作っているか分からない、ということがよくありました。それでは何だかつまらないな、という想いが入社当初からありましたし、自社の認知度・ブランド力を高めないと町工場の製造業で優秀な人材の獲得はこれから厳しくなるだろうという危機感がありました。そこで何か自社商品みたいなものがあれば会社の認知度を上げられるはず、と考えるようになりました。
ーそのような考えに対し、お父様である社長はどのような反応だったのでしょうか?
実は創業者である祖父の時代からそういう想いがあり、現社長の父も同じ想いを持っていました。しかし、本業が忙しかったし今のようにインターネットも無い時代なので、どのように始めれば良いか分からない、という理由で手をつけられなかったそうです。自社商品開発は弊社の長年の夢であったので、社長からの反対はありませんでした。
ー石井さんの世代で自社商品を開発するのに良いタイミングが整った、ということでしょうか?
そうですね。今まで築き上げてきた会社の基盤を活用できる状況でしたし、自社商品開発のためにまず何を始めれば良いのか、雑誌やインターネットで調べれば様々な情報を収集できますし、最近では中小企業が自社商品開発を行っている事例も多くあります。私の場合は、オシャレな雑貨屋などに足を運び、気になった商品がどこのデザイン会社で作られたものなのかを調べ、その会社へ連絡しました。連絡をしたデザイン会社からは資金的な理由などで協業を断られてしまったのですが、墨田区で行っている自社商品支援プロジェクトの情報を入手することができました。
ー雑貨やインテリアグッズなどはもともと興味のある分野だったんですね。
はい。もともと雑貨やインテリアには非常に興味を持っていて、個人的にはインテリアコーディネータの資格なども取得しています。過去には建築士の資格を持っている友人と起業なども考えていました。私は、製造業は、もっとスマートでオシャレな部分があっていいんじゃないかという想いが強くあります。
もともと大手製造業に務めていたので、実家に入社した際は工場の雰囲気や組織の在り方や作業の進め方、意識の持ち方等と色々なギャップがありました。その中でも3K(きつい、きたない、きけん)が理由で就職する若者が寄り付かないなら、そのイメージを払拭して魅力ある職場を作り出さなければ会社の将来はないと考えています。その中で自分が興味のある分野を活かしながらその目的を達成できると考え、その想いを行動に移しました。
最初は反発からのスタート、それが少しずつ協力体制へ
ー第二創業を成し遂げる後継者の多くが、得意なスキルや自身の興味分野を活かした新事業を起こすことで成功されていると思います。ただ、いきなり自分がやりたいことを押し進めようとすると現場との軋轢が生じ大きな反発を受ける、という話もよく聞きます。新商品開発を進める中で現場からの反発はなかったのでしょうか。
もちろん様々な反発がありました。特に製造現場からの反発は強くて、新商品の製造をお願いしようとしても「それ仕事じゃないよね?今本業で忙しいから後にして」みたいな反応もあり苦しい想いをたくさんしました。最初のうちは残業してまで製造を手伝ってくれない、という状況が続きました。しかし、味方になってくれる人を少しずつ探して、粘り強く協力者を増やしていったんです。なるべく本業(金型)に支障ないように気を遣いながら製造し、やっとの思いで試作品を作り上げていきました。
本業である金型業の基盤がしっかりしているから、動けるチャンスを貰えているんだという事は常に忘れないようにしていました。
ーそのような苦しい状況が続く中、社員の方の空気感(協力体制)が変わった瞬間はありましたか?
商品が出来上がった瞬間も少し空気が変わりましたが、一番大きく空気が変わったと感じたのはギフトショーに出展した時です。現場を見に来て欲しいと思い、社員全員に見に来てもらいました。自分たちが作った商品をいつもとは違う人が手に取り、賞賛する様子を見てかなりの感動を憶えたようです。
ー第三者の評価がついた瞬間というのが一番刺激的だったのかも知れませんね。社員の行動を変えようと思って社内で研修などを行う会社も多いですが、このような刺激を与えるのが一番効果的なんですね。
社外からの刺激が重要というのはよく理解していて、普段もなるべく現場の社員をお客様先に連れて行くようにしています。お客様の顔を見ていると見ていないとでは、モチベーションが全く違います。そのような経験はしていましたが、それでもギフトショーの時の社員の反応は今までとは全く違うもので、この瞬間に立ち会えたことはとても幸せな体験でした。結果、本業である金型にも技術や意識の面でいい影響が出ていると思います。
「好きなことを仕事にする」ことが原動力
ー数々の苦労を乗り越えての商品開発だったと思いますが、その源泉となるパワーは何だったんでしょうか?
自分がやりたいと思える仕事だからこそ頑張れた、ということに尽きると思います。上司から無理矢理やれと言われた仕事であれば途中で諦めていたかもしれません。「好きなことを仕事にする」原動力は計り知れないパワーを生みますね。
ー後継者の多くの方がそれに気付くといいですね。私は起業家なので好きな事業を選択できましたが、家業を引き継ぎ守っていくことが仕事の後継者の方をとても尊敬します。
そうですね。私は環境的に恵まれていたので「好きなことも仕事にする」ことができつつあります。普段から私は周りに自分の考えや目標、志などを発信し続けていました。
そして発した言葉には責任をとる姿勢で行動する。その結果が今の環境を作り上げているのかも知れません。
10年後は社長を初めとした経営陣は引退してしまいます。現状維持では、10年後を考えたらそれは衰退だと思います。組織や仕事に対する意識や姿勢がこのままで石井精工はいいのかと誰よりも危機感を感じています。そういった想いや行動は必ず伝搬すると信じています。
ー最後に今後の展開があればお聞かせください
今はデザイン会社と組んで商品開発を行っていますが、いずれはデザインを内製化して商品開発を行っていきたいです。直近の展開としてはALMAに使うアロマオイルをOEMで作ってもらう予定です。既存の領域に囚われずどんどん商品ラインナップを増やしていきたいです。
中長期的には、アロマの香りを使った空間演出を提案できるようになりたいです。アロマの香りは人の感情に影響を与えるので、それも踏まえたインテリアデザインの提案ができたら面白いと考えています。例えば、ショップとかで滞在時間を延ばすと購買率が高まるので、その滞在時間を高めるためにアロマを活用しましょう、といった感じです。
ただ「好きなことをやるんだ!」ではなく、代々引き継がれてきた事業を守り発展させていく中で、いろんな意味で「自分の色」を出していくということが大事だと思っています。そのためにも石井精工の核である金型業を今以上に充実・成長させ、その上で自分だからこそ出来ると思える仕事にも注力できる体制を作り上げていきたいです。
【すみだモダン2016認証式典】本日、2017年3月17日に、すみだ北斎美術館にて墨田区のすみだブランド認証式が行われました。ALMA aroma pinsが、認証を頂くことが出来ました。 この「すみだモダン」というブランド認証の活動自体が、GOOD DESIGN賞をとっているほどの名誉ある認証となっております。 このような認証を頂けたのも、昔からの長い年月のものづくりに対する思いと技術と努力の積み重ねだと思っております。 先日、工場にてALMAについてのインタビューを撮りました。ご覧いただければ、ものづくりの雰囲気が少しは伝わるかと思います。
ALMA aroma pinsさんの投稿 2017年3月17日
編集後記
お話を伺う中で石井さんはとてもバランスよく物事を進められるタイプだと思いました。現場で実績を積み着実に現場での信頼を獲得していき、多くの実績を積んだ上で自社商品の開発へとステップを踏んでいったのです。そこには無理が無く、現場からの反発を最小限に抑えながら新しいことを進められる石井さんの器用さと気遣いが感じられました。「好きなことを仕事にする原動力」を多くの後継者が実践し、経営者も従業員も幸せに働ける職場が増えると素晴らしいと感じました。今後も石井さんを応援していきたいと思います。