小説「ザ・ゴール」は製造業関係者の課題図書

【執筆者紹介】熊坂 治
この記事の執筆者
熊坂 治
山形県生まれ
東北大学工学部(応用物理学科)を卒業後パイオニア(株)に入社し、基礎研究、プロセス技術、生産技術、製造技術、工場計画、技術営業、事業開発など広範に担当。
2008年に経営工学部門、2009年に総合技術監理部門と技術士資格を取得し、退社後技術士事務所を開設して、品質工学をコンサルティング。
2011年に株式会社産業革新研究所を設立し、2012年にWebサイト「ものづくりドットコム」を公開。多くの専門家と協力しながら製造業のプロセス革新と課題解決を支援している。
博士(工学)、技術経営修士(専門職)、山梨学院大学客員教授(技術経営論)
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ものづくり革新ナビゲーターの熊坂です。

やまなし産業支援機構の産学官連携コーディネーターを拝任している関係で、毎月10社ほどの製造業を訪問し、新技術開発関連を中心に現況をヒアリングしています。なかなか簡単にはマッチングしませんが、中小企業経営者、開発担当者と情報交換することで、お互いに様々な気づきを得る機会となっています。

先日訪問した某社は、委託設計から自社製品を開発したところ、産業用途の需要にマッチして大ヒット。上場を検討するまでになったものの、体制作りで壁に当たり、数年で社長が主導する元のやり方に戻したそうです。話すと長いのですが、非常に示唆に富む内容で、今後自分の生き方にも影響しそうな重い話でした。

さてものづくり革新の手法を一つずつ紹介していますが、今回は「制約理論」の中の「DBR」についてお話します。

制約理論(TOC:Theory of Constraints)とは

egoldrat

図1.E・ゴールドラット

なんだか難しそうな理論ですね。でも要点はシンプルで「すべてをボトルネック(制約条件)に合わせて考える」です。世の中のプロセスは結構複雑な仕組みになっているため、全てを管理しようとすると大変な労力になります。しかし実態を良く見てみると、どこかがボトルネックになっている場合が多く、そこだけきちんと管理すればあとはほどほどでよろしい、というありがたい理論で、合理的に手を抜く方法とも言えます。

80年代の日本製造業の成功を仔細に観察したイスラエルのE,ゴールドラットが体系づけた考え方で、それを紹介した小説「ザ・ゴール」は世界で1000万部、日本だけでも70万部売れたと言われます。

DBRとは

この制約理論を生産管理に適用したのがDBR(ドラム-バッファ-ロープ)の考え方です。図2のようにボトルネック工程の進捗(D:ドラム)に合わせて他の全工程を進め、ボトルネック工程が止まらないようにその直前にのみ仕掛かり品(B:バッファ)を置き、ボトルネック工程の仕上がり(R:ロープ)に合わせて投入するという3つの管理だけで、全体の仕掛在庫を減らした上で平均納期を短くすることが可能になります。

図2.DBRの構造

図2.DBRの構造

なぜドラムやロープに例えているかは、「ザ・ゴール」を読めば分かります。理論書と違って小説なので読みやすいのですが、昨年舞台を日本に移して「コミック版ザ・ゴール」が発行されました。小説以上にサクっと読めますのでおススメです。

制約理論(DBR)の適用手順

DBRを実際の生産管理に適用するには、次のような手順で実行します。図3を参考にしてください。

(1)制約条件を特定する

まずはボトルネックになっている工程を見極める必要があります。常識的に考えて仕掛品が滞留しているところは怪しいわけですが、工程ごとに流動数分析やIE的に処理能力を計算して比較するのも効果的です。

(2)制約条件を徹底活用する

ボトルネックが分かると、その工程の能力アップを考えたくなりますが、費用が掛かることが多いので、グッと我慢してまずは費用が増えない方法を実行します。

ボトルネック工程だけ朝礼や昼休みをシフトして稼働を止めない。設備故障時はこの工程を最優先で修理する。この工程の担当者の事務作業を、他の担当者が代行する。段取り時間を短縮する。などの方法が考えられます。

(3)すべてを制約条件に従属させる

最も重要なのは、ボトルネック工程のスケジュールを基準に逆算して投入することで、いくら設備や作業者が余っていても基準に至らないロットは投入しません。またボトルネック以外の工程は手待ちが発生することになりますが、ここでも余計な作業はしません。不要な仕掛在庫が増えるだけで、出荷量は増えないからです。ここは、とにかく在庫を嫌うトヨタ生産方式に通じる部分です。

(4)制約条件の能力を強化する

ここまできてもボトルネックが解消されない場合に、初めてこの工程の能力を増強します。設備の追加、改造、交代制勤務、不良改善、作業員の訓練など、費用が掛かる場合が多くなります。

(5)惰性に注意しながら(1)に戻る

(4)によって、ボトルネックの位置が別の工程に移動することも多いため、ここでもう一度初心に帰ってボトルネックをチェックします。需要よりも供給過多になる場合もあるでしょう。これは制約条件が市場に移ったことを意味します。 

図3.DBR適用の手順

図3.DBR適用の手順

制約理論(DBR)適用の留意点

実は上記のようにボトルネックが同じところに留まっているケースは少数派で、多品種少量生産の場合など、日によって製品によってボトルネック工程があちこちに動く方が多いものです。そんな時は各工程で、納期から最短作業時間を差し引いた日程に対してどれだけ余裕があるかを一覧にして、その余裕度に応じたアクションを取るS-DBR(Simplified-DBR)を使います。これならボトルネックの位置を気にせず作業に集中できますね。

一連の体系の中で最も難しいのは心理的惰性、すなわち人や設備が遊んでいる時についいらない作業をしてしまうことです。真面目な人ほど手をつけてしまい、結果として現場に仕掛品が増えて混乱し、不良や納期遅れを作ってしまいます。要らないものを現場から排除しただけで、なぜか多くの問題が解決するのは5Sの効果とも似ていますね。

 

いかがでしたか?TOC(DBR)を活用することで、生産管理がシンプルになり、在庫の削減と納期遵守率改善、不良削減が同時に達成されます。まずはコミック版ザ・ゴールを読むところから初めてみましょう。

ものづくり.comの中では、株式会社21世紀ものづくり日本の今岡善次郎さんがこの分野のエキスパートです。分からないことがあれば、直接問い合わせするか、Q&Aコーナーに質問して下さい。

この記事の執筆者
熊坂 治
山形県生まれ
東北大学工学部(応用物理学科)を卒業後パイオニア(株)に入社し、基礎研究、プロセス技術、生産技術、製造技術、工場計画、技術営業、事業開発など広範に担当。
2008年に経営工学部門、2009年に総合技術監理部門と技術士資格を取得し、退社後技術士事務所を開設して、品質工学をコンサルティング。
2011年に株式会社産業革新研究所を設立し、2012年にWebサイト「ものづくりドットコム」を公開。多くの専門家と協力しながら製造業のプロセス革新と課題解決を支援している。
博士(工学)、技術経営修士(専門職)、山梨学院大学客員教授(技術経営論)
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